東京スカイツリー

120430スカイツリー

話題の東京スカイツリーを、その真下にまで行って見てきました。
今までは離れた所から見てるまで。もちろん、まだ上ってはいません。
ご存知のように、一般公開は5月22日から。又、7月10日までは完全予約制で、7月11日から当日券を発売とのこと。
今入れるのは招待客や一部の関係者のみのようですね。

スカイツリーは私の感覚でいくと、なんと言うか、塔に何のカーブも無く出来上がってるので、
それはとても凄い技術なのだと想像しますが、個人的には東京タワーのような曲線の有る方が見ていて美しさを感じます。

スカイツリーのプラモデルと、東京タワーのプラモデルなどを、どこぞやの玩具売場などで見かけると、後者の方が何かしら面白みが有るような気がします。
やはり、エッフェル塔にはかなわないまでも、それを模したと言われる(?)東京タワーの緩やかな曲線が映えるのだと思いますが、いかがですか?

また、今の時点では、何となく街の風景にも溶け込んでいない感も有りますが、これから次第に周囲から変わっていくかと思います。


まあ、それはさておき、それでもスカイツリーはやはりそばまで行っても楽しめます。
まだショップなども入れないのですが、その横を流れる小さな川(水路)もなかなか綺麗で、
散歩したり、ベンチに座っているだけでも心地良いのでは、と思いますよ。


休日などは、既に観光客でいっぱいでしたが、一般公開からは一気に混み合うのでしょうねえ。
日本は今や、観光に力を入れる以外に経済活性化の方策も無いでしょう。これを言い切れるほど私はエコノミストでは無いですから、ある意味間違っていて欲しいですが、
観光収入が潤ってくれたら、嬉しいですね。外国からの観光客も多く来て欲しいです。


でも私自身はおそらく展望台に上るのは、当面は無いかと思います。
いや、そんなこと言ってはいけませんが。(笑)



木綿の単衣が楽しい季節

120505出羽喪面鷺宮東公園

木綿の着物は結構分厚い物が多いので、5月と言えども、一般的な着物ルールに従っていては、暑くてたまりません。
しかし、昨年、襦袢など着ない、着てもTシャツ襦袢にすれば結構快適、ということに気づき実践しています。
着物の生地は厚くても、結構涼しいですよ!

連休の後半では厚さと頑丈さではは評判の出羽木綿の単衣の着物で、襦袢などは着ずに、
所謂、浴衣スタイルの着方で家の近所を出歩きました。
因みに私は下着としてのパンツの上に、麻の甚平のパンツをはいて、その上に長着を着ます。
自転車に乗ったり、焼肉食べに行ったり、バーに入ったり、最期は銭湯に漬かってきました。

絹の着物では、こうはいきませんねえ。
麻の着物や、それに木綿でも袷仕立ての着物だったら、私なら自転車はちょっと遠慮したい感じ。

木綿の単衣の着物ってのは、楽しいものです。

昔の人も、太物(木綿の着物のこと)を着るには、季節に合わせてごく自然にこんな着方もしてたんでしょうねえ。

写真は例によって、自分1人の片手撮り。面白みの無い構図になってしまいます。残念。(笑)


さて、盛夏はどうしましょうか?
昨年は真夏の時期は、夕方や夜でもなければ着物は止めて、麻の甚平の上着に、パンツ(ズボン)は膝丈のジーンズなんて格好にしました。これは案外、違和感も無かったです。
ズボンは甚平にしなかったのは、その麻の甚平のパンツがあまりにも透け透けだったからでした。(笑)




両国散歩

120422江戸東京博物館1


天候が悪くなりそうで気になる日でしたが、先日、ちょっと持て余した時間に、両国の江戸東京博物館に行ってみました。

こういう所に着物姿で行くのは、何やら気持ち入り過ぎた人?、と思われそうな気もしましたが(笑)、
まあ、そういうのを気にするのも小さい気がして、パッと着替えて一人出かけてみました。

こういう時に、私の着るような木綿着物は便利です。あまり雨だ何だ気にせずに行かれます。
薄い緑に縦縞模様が小さく入った片貝木綿に、紺色の紬調の化繊羽織で出かけました。


実は今回、最初はレンガ色の無地の伊勢木綿を着るつもりでしたが、着てみて気づきましたが、
これはもう暑いのです。それで、片貝木綿を着ることにしました。
一口に木綿の着物と言っても、それぞれ生地の厚さや目の細かさが違いますね。
どんな着回しで一年間をローテーションしていけば良いのかが、だんだん分かってきた気がします。


さて、今回出かけてみると、各所でかなり多くの着物姿の女性とすれ違いました。
男性では皆無でしたが、天候が悪いとは言え、着物を着る人は案外いるものです。
江戸東京博物館の中にも、着物姿の人は二人ほど見かけました。


何やら江戸東京博物館とは、ずれた話になってしまいましたが、
この博物館、行ってみると想像していた以上にはるかに面白かったです。
かなりの大きさの展示物を置いていますし、記念撮影をするだけでも楽しめる展示物や、触れる展示物も沢山置いてあります。博物館の建物自体かなり大きさを持っています。

写真で建物の下に見れるのは、大阪万博で飾られた太陽の塔の顔の部分で、当時使われた本物だそうです。写真に見える建物も、再現された物ですが、結構大きいです。
見ごたえ有る物が沢山でしたので、もっと、時間有る時に行けば良かったかもしれません。

しかし、今回、実は江戸東京博物館だけでなく、両国の回向院の鼠小僧の墓や、周囲の散策も目的だったので、そこそこの時間で館を出ました。
両国国技館を外から眺めながら、雨の降ってきた両国を歩きました。

相撲取りが浴衣姿で自転車をこぐ光景も二回ほど見れました。面白い町です。私もたまにやりますが。(笑)

時間的にスカイツリーの方まで歩くのは今回は諦め、両国橋を渡り、昔は花柳界だった面影をほんのわずかに残すと言われる、いや、残っていない柳橋を歩き、浅草橋に入ってJRに乗って帰って来ました。
墨田区界隈は、また、ゆっくりこの辺りを歩こうと思います。
地元に帰り、安い焼き鳥屋で一杯やりました。







大岩姓、手紙調査の結果

以前、書きましたように、昨年末から富山県内に住まわれている大岩姓の方々に、手紙による聞き取り調査をさせていただきました。

ご迷惑かと思いましたし、面識もない方に手紙を書くことには大変躊躇もしましたが、意を決しまして、できるだけ丁寧に書いてお送らせていただきました。

33軒の方に送らせていただきまして、返事をいただけたのが4通。
返信率としては1割強。少ないようにも感じますが、回答率としてはこれが一般的な数値だと思います。

ただ、私の家に繋がる、情報としては1通でした。これを小さいと見るか、大きいと見るか。
しかし、何も分からないよりかは、大きな一歩を踏み出せたと思います。
ただし、次なる疑問に突き当たったのは事実です。

お返事をいただけた大岩姓の方とは戸籍上での繋がりまでは不明で、
おそらく、江戸時代後期では兄弟の繋がりだったようでした。
その大岩家で檀家となっているお寺の過去帳には、我が家の仏壇に残っていた先祖の何名かの姓名や法名(戒名)、一致した没年月日が記載されているとのことでした。
それで、実際にそのお寺に問い合わせしたのですが、明らかに我が大岩家の先祖はそのお寺に檀家として所属していたようです。

ただ、我が大岩家の先祖の墓は、昔よりそのお寺には無いとのことでした。
例え無縁仏になっていたとしても、そのお寺に葬られているとしたら、私としては一度だけでもそこに赴き、手を合わせたい気持ちだったのですが。
こういったことは土地に余裕有る地方では多いようですが、大岩家に関しては、墓は各家々の庭先などに持っているとのことでした。我が大岩家に通じる墓が残っているとすれば、本家の大岩家の敷地内、もしくは隣地とのことです。
ただし、今のご住職様は、そこに現在も我が大岩家に直接通じる先祖の墓が残っているのか、もしくは残っている墓石に我が大岩家の先祖の名前が書かれているか等については、はっきりとは知らないとのことでした。
実際問題として、長く付き合いをしていない分家の家系の墓石は、処分してしまうことは充分に考えられます。
ご住職様としても、我が大岩家に関しましてはとっくに檀家ではなく、率直に言えばお布施も何もしていないのに、ご足労をおかけした上、あれこれ教えていただけるのは充分過ぎる話だったと思います。連絡をいただけた大岩家の方と、お寺のご住職様には大変ありがたく思います。

ところで、いよいよ本家筋で、しかも我が大岩家に近いと思われる大岩家が分かってきたのですが、実は私、今回の手紙調査ではその住所の大岩家にも手紙を送っていたのです。ですが、返事はいただけてませんでした。
ご住職様は、はっきりとは言われてませんでしたが、その大岩家では昔を知っているような方はお体も良くないようなことを言われていました。

入院か療養中なのだと思います。おそらく、そういうことなのだろうと思いますが、私は再度、内容を丁重に改めて手紙を送らせていただきましたが、やはり今現在、お返事はいただくことはできていません。

とても残念ですが、手紙を読んでいただけた方は、今はそのような話には関心も無いことなども考えられます。それに、場合によっては人には知られたくない事実が有る、と言うようなことも考えられなくもありません。
やはりこの方法での調査はここまででしょうか。

今回、お返事をいただけた大岩家の方から分かったことは、大岩家は江戸時代後期の時点では肝煎り役(つまり庄屋や名主です)の家柄だったそうです。お寺のお迎えなどでも、馬を出したりしていたそうです。
しかし、その後、残念ながら財産を大きく失っていってしまったとのこと。
また、それより以前の家系図などは残っていないようで、やはり明治時代になって戸籍制度になってからの情報しか分からないようです。明治時代に入ってからの、初代の方の名前や兄弟の名前が分かっているとのこと。
親切に戸籍の書類のコピーなども私に送ってくれました。とても感謝いたします。


これからの調査に行き詰った感も有りますが、ライフワーク的なつもりで取り組みたいと思います。ただし、これ以上同じ家に手紙などを送るのは、控えようかと思います。




映画「バトルシップ」、ネタバレしない感想

久々に映画を観てきました。
ユニバーサル映画の100周年記念作とか何とかの「バトルシップ」です。
http://battleship-movie.jp/

一言で言って、なかなか面白いです!
声を出して笑いたいシーンも沢山ですし、そんな無防備に、、、、そんな武器で、、、、
おじいちゃんガンバレー!!、、、、と言いたいような突っ込み所も満載ですが(笑)、
そういうこともあまり気にならずに、いや、かえってそれが楽しめます! 日本人俳優も頑張ってますし。

有能にもかかわらず何かと問題を起こす主人公に、ステータス的に不釣合いな綺麗な彼女。
主人公は職務的に立場が危うくなるものの、敵の来襲に立ち向かうことで、名誉挽回となるハッピーストーリーは、私が学生の頃に観た話題作、トップガン 〜古〜〜(^^)を思わせます。
しかし、あの頃の映画に有りがちだった、強いアメリカをどこまでも見せまくるタイプの映画とも少し違って、それらが鼻につきません。

最近のこの手の映画の似てるシーンも多いらしいのですが、私は最近のそれらの映画は殆ど観ていないので、よく分かりません。とにかく野暮は言わずに楽しみましょう!


最後の方で、戦艦をぎりぎりの所で急に方向転換させる戦法は、
かの昔、日本がバルチック艦隊を破った時の戦法もそうだった、と聞いた気がしますが、
これもチョイ記憶が不確かです。すみません(^^;)
でも、調べたら面白いかも。
まあ、戦艦同士の戦いは、このような方向転換による布陣の取り合いが基本なのかもしれませんね。


この映画、一点、私の好みでいくと、最後が少し好きでは無かったです。
でも、エンドロールが始まった時の映像や曲なんかも、すごく格好良いですよ。
観た人がいたら感想聞かせて欲しいですね。



プロフィール

BIG ROCK!!

Author:BIG ROCK!!
ハーモニカを吹きます。スタンダードなアメリカンブルーズを演奏していましたが、最近はオリジナルの日本語ポップブルースも歌っています。月に数本、ライブバーを中心に活動中。
武道としての居合を精神修養に取り入れ、日常着に和服も着る少し変わり者でしょうか?(笑)

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