戸山流全国大会 小太刀の部で幸運ゲット

2017年5月21日に行われた第41回全日本戸山流居合道連盟全国大会、小太刀の部で運良く優勝をいただきました。

170521小太刀優勝


170521_1


しかし、打ち刀を使うその他の部門では、善戦(?)するも途中で負け。。。

観戦に来てくれた方から写真をいただきましたが、こうやって見てみると角度の甘さに改めて気が付かされます。


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実質、稽古はあまりできませんので、どうやって改善していくかは今後の試案のしどころ。
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閂差し 鶺鴒差し 落とし差し 帯刀

これは私の、おそらくこうなんじゃないかという感想に近いが(要するに学術的根拠は無い話だ)、
閂(かんぬき)差しという、地面にほぼ平行に刀を差す方法は、居合道の確立、しかも昭和以降で定着した指し方ではないだろうかと思っているので、唐突だが以下ちょっと書いてみる。


正座居合では、刀は閂差しにしなければ、鐺(こじり)が床に当たってしまい、下作になってしまうのだ。
それで、閂差しという帯刀方が、武道などで刀を扱う人達の間で、ほぼ主流的な帯刀方になっているのではなかろうか。

しかし、時代劇などでは、大抵、侍は鶺鴒(せきれい)差しなのだ。
そして、浪人侍は落とし差しだ。


むろん、閂差しは、侍の存在した頃から有ったのだとは思うが、
どちらかと言えば、やはり主流派の帯刀方ではなかった、と私は思う。

閂差しは、幕末には少し広まったというような記述をどこかで見た気がする。

この閂差しは要するに、直ぐに抜刀できる、しかも抜刀したら直ぐに斬れるぞ、という指し方ではなかろうか。
つまり、尊王の志士や血気盛んな連中、ちょっと粋がった連中の指し方のように思える。


何故なら、閂差しは、周囲にもちょっと邪魔臭い感の有る指し方だと思えるからだ。
実際、刀は帯刀して歩いてみると、思いの他邪魔で何かと鞘が人や物に当たってしまうのだ。

鞘に当たっただけで、「無礼者!」と斬り合いになったかどうかは知らないが(おそらくそんなことは滅多に無かったのではと思うが)、思慮ある侍達はなるべく無用な争い事は起きぬように注意を払って、混み入る場所では、刀もなるべく落とし差しに近く指してみたり臨機黄変にしていたのではないかと私は考えている。

また、浪人は落とし差しと言われるが、偉そうにできない立場の者はできるだけ帯刀に関しても、周囲に気を払う指し方になるのではないかと思うのだ。

それと同時に、着流しで袴を履かない侍は(同心などもそうではなかったかと思う)、自然と落とし差しのような指し方になってしまうし、そうかと言え、この落とし差しは、鞘が他人や物に当たる事を避けるには便利な半面、刀がどんどんずれてしまい、それはそれでとても不便な指し方に思える。


それで、それら諸々を考えると、中間的な指し方の鶺鴒差しがもっとも扱い易い帯刀方だったのではないだろうか。
しかも、その中で、自分の地位や立場、また人間の出来具合で、場所場所の状況に応じて、刀の差し方なども落とし差しにしたりして無用なトラブルが生じることを避けたり、逆に落とし差しにした方が俊敏に動ける利点を生かして、状況に応じて刀を縦めに指したりしていたのではなかろうか、と私は思う。

因みにだが、羽織を着た時に、意外にも(意外でもないが)着た感じが良いのは、落とし差しに近い指し方だと思う。
閂差しでは陣羽織でもなければ、羽織の後ろが綺麗にならない。

城勤めくらいであれば、鶺鴒差しくらいで、あとは状況に応じて若干の角度の違いを付けるくらいがやはり自然に思える。

ただし、人前でやたらに刀の鍔付近に手をかけるのは危険だろうし(抜刀しようとしている、つまり敵対心有りと勘違いされる恐れが有る)、触る時は人から離れた時など、注意していたと思う。



ちょっと、居合などをしていて感じていたことを書いてみた。




写真は例によって本文とは全く関係なし。
先日行った、阿佐ヶ谷チェッカーボードのジャムセッション&お店のママさんの誕生日祝いでの記念撮影。




160608つっちー誕生日1

抜刀 Oさんのこと

前回、居合に関して書いたら、ふと
抜刀で短い間だったが、お世話になったOさんのことを思いだした。
もう2年以上、多分2年半近くは会っていなかったと思うが、
Oさんは、とある抜刀団体の支部の代表者であったのだ。
そう、今は過去形である。

Oさんが亡くなったと人づてに聞いてから、もうどのくらいたっただろうか。
1年か、半年か。



4年ほど前だったか、いやもう少し前だったか、私は全く別の道場で型居合中心に、時折、斬りもという感じで刀を振っていたのだが、そこで知り合った方を通じて、Oさんを紹介してもらったのだった。

因みに、後になって気づいたのだが、Oさん達は私が持っていた刀の写真付きの本の中の技斬り披露のページでその姿も載っている人達だった。


Oさんの会は、実際は全く活動自体を休止していて、
おそらくその方が、
「斬りをやりたがってるが、そこそこ腕の良いのがいるから、教えてやってくれないか」
というような紹介をしてくれたらしく、
自身はほとんどやる気もないのだろうが、じゃあ暫くという感じで、最初は月2回くらい、その内1回程度、結局1年くらい開いてくれたような記憶だ。

実はそこで、前に書いたことがあるSさんとも知り合ったのだ。


そして直ぐに、Oさん、そしてSさんに勧められるままに、私はSさん経由で注文打ちの刀を作ったのだ。

しかし、出来上がってみると、重さ等々がどうも満足行くものではなかった。要するに重過ぎたのだ。

まあ、人をだましたような値段でもなく、注文打ちにしてはそこそこリーズナブルとも言え、かといって予め聞いていたほどは良いものにならなかった、そんな感じだ。

しかも、気づくと、刀が出来てからは数回稽古が有ったきり、そのままのらりくらりとかわされ(私もしつこく半年以上はどうですかどうですか、と開催をお願いする電話などしていたのだが)、結局稽古会も無くなり、
他の会員から要望が有った一時期の数回を除いては、全く開いてくれなくなってしまったのだ。
それに、やるからと言われて、片道1時間以上をかけて出かけて行っても、実際には誰も来ずにすっぽかされた事も何度有っただろうか。
5回以上は有ったはずだ。

また、Oさん自身、新たに刀を手に入れた時は、別の普通の刀剣店から購入していたし、気づくと他の会員(といっても数名だが)も皆、Sさんに頼んでの刀は持っていないのだった。

さらにOさんは、私をOさんに引き合わせてくれた人には、
私自身が、「元の会には戻りたくない」
などと言っているとデタラメを風潮したりしていたが後で分かった。

この辺は書いても伝わるか難しいように思うが、
なんと言うか、小さいながらも会同士のけん制し合い、近寄ってくる仲間の奪い合いのようなものが有ったようだ。


そんなこんな、自分はようやく、そういうからくり(とまでは言わないが)に、自分の馬鹿さ加減を思い知らされたのだった。
その時になって私は、Oさん達とは考えを異にして離れて行った人や、上手く付かず離れずで行動している人もいたのだが、
そういう人達が、どうしてOさんのそばから離れて行ったのかを、遅ればせながら気づかされたのだった。

そして、稽古会も全く開かれなくなってから1年近く過ぎ、私はいよいよOさんの所で稽古を期待することはあきらめたのだ。



そうかといえ、私はOさんの会で、たった1年ほどではあるが、それでも斬りの実力を高めさせてもらったのは間違いなかった。

また、Sさん経由の刀も、それなりに刀を振っていて筋力が負けてない頃は、私もそれでそこそこ難易度の高い斬り技も成功させていたのだ。


Oさんは斬りの稽古会を開いても、自身はほとんど斬らずに私や他の人に斬らせてくれたし、
稽古場以外での巻き藁の事前準備や、後の廃棄はほぼ一人でやってくれていたのだった。

その意味では非常に感謝している。


Oさんは、時折せいぜい1~2本斬っていたが、
「身体が覚えてるから、俺はもう稽古なんかしなくても、このくらいは簡単なんだよ」と言って、
実際、水返しくらいの技斬りは難なく成功させていた。
納刀の所作は綺麗ではなかったが、とりあえずさらっと納めていた。


今現在の自分などは、技斬り自体を試す充分な環境が無く(6段斬りのような基本技にも充分とは言えない)、
要するに技斬り自体ほとんど2年近く試すことすらもろくにできないのだが、
そんな中で早くも腕が落ち始め、水返しなども成功率は相当低くなったようだ。
実際、大会では昨年、今年と満足行くものではなかった。
その意味ではOさんと私とでは、悔しくもやはり習得度に相当の開きが有ると考えざるを得ないのだ。



その会は、Oさんが亡くなられたのと同時に消滅したようだ。
また、そこに出入りしていた他の主要な方々も、もう斬りは止めにしたと聞いている。
似た名前の支部ができたようではあるが、それはまた少し違う人達の会で、ずばり書いてしまえば、Oさん達から離れた人達が開いている会だ。



そんなこんな、私にとっては心象が良いという感じでもないOさんではあるが、ある時、私に
「経営者ってのは、結構孤独だよ」
と一言漏らしたことが有った。

全く利害関係もなく、言ったとしてもなんら問題も無い私にだからこそ、ポロっと漏らした本音だったのかもしれない。


最期の時はどんな様子だったのか知る余地も無いが、
安らかなるご冥福だけは願う。



とりとめも無く書いたが、また思い出したりすることが有れば、追記でもしようかと思う。




尚、下記写真はその会の時のものではない。写真などは全く撮った記憶も無く、何も手元に残っていないのだ。
また、写真での刀もSさん経由で作った注文打ちのものではない。


斬り

戸山流居合道全国大会 所感

2016年5月22日(日)、戸山流居合の全国大会に参加してきた。
第40回目の開催とのことで、外国からの参加者も多数だった。

しかし、気持ちだけは負けじと出かけたつもりではあったが、稽古不足があまりにもひどく、大会でも全く上手くいかず、
さんざんたる結果に終わったのだった。

いや、これはもう現在の自分の稽古状況では当然の結果なのだが、やはり悔しい。。。



ところで、話は変わるが、斬りを主体とした大会となると、使われる刀もどれも巻き藁(巻いた畳表ではあるが)斬りに特化したものになっている。
そして、それを揶揄する向きも外部には有ると言えば有るようだ。

実は自分も程度問題は有るものの、極端に身幅の広い刀はいかがなものだろうか、と思っていたのだ。

しかし、以前にも少し書いたことが有るが、今は競技として行う以上は、
それに適した有利な道具(あえてそう書くが)を使ったり、そのようにチューニングして行くようになるのが自然のことのように思える。

先々いつしか、使う刀の寸法などに細かい規定などを設けるようになるのだろうか。
そうすれば公平ではある。
しかし、それはそれで窮屈な気がするし、かえってさらなにポーツ化していくようで、
できれば今のようなまま各人の自由と考え方に任せて行うことで良いのでは、と私は思っている。



また、これは感じるが、いかに刀が有利な物であっても、大会で上位に進む人というのは、
それに頼るだけでないそれ相当の稽古量を積んでいるものだ。

それに、刀は身幅だ重ねだ、と寸法を合わせれば斬れるという物でもなく、
不思議と切れ味が持続し、また寝刃合わせをしただけで斬り味が直ぐ復活するような刀というのは、
その刀の出来具合などにより異なるようなのだが、そういう刀を見つけたり、手に入れたり、その後メンテナンスをしてくるような人は、それ相応の労力や神経、研究、さらには金銭をかけてきていると思う。

要するに、人以上の努力は必要なのだ。




まあ、以上は私の個人的な所感ではあるが、斬りに特化した刀というのも、
どういう刀を作ればどういう物を斬るのに適しているか等々、刀の研究に寄与しているのでは、と思っている。



ただ、今回の大会参加で感じたことをさらに書くと、
自分に関してはだが、刀にあまり金銭をかけられないこと、稽古できる回数もそう多く設定できないこと等々を考えても、
これからは斬りは大会的な結果だけを重視するのではなく、所作や振る舞い、刀の扱い等々に気を配った取り組み方で接して行こうと考えるしだいだ。



160522戸山流大会2



Sさん 抜刀 試し斬り

先日、久々にSさんに会ってきた。
もう3年か4年前だろうか、目黒の会で斬りについていろいろ教えてもらった人だ。
その後、氏も体調を壊されたり、会の代表も亡くなったり、また別の主だった人も斬りは辞めてどちらかと言えば体力を使わず、準備や後片付けで苦労しない型稽古のみしていく事になったりと、実質的に会は無くなり、お会いする事もなくなっていたのだ。

お会いしてみると、年齢的には昔の勢いはなくなってはいるものの、まだまだ健在で、斬りの力量も大したもので安心させられた。


Sさんは、実は抜刀、いわゆる巻き藁斬りの世界では一般的になっている身幅の広い刀を最初に考え出して刀匠に注文打ちを頼み始めた人だ。
本人も自らそれを言うが、斬りの会の人達も口をそろえて、そう言っていた。

疑おうと思えばできなくもない話だが、私はその話はおそらく本当だと思っている。
少なくとも、斬りに特化した刀を考案した先駆者の一人であることは間違いない。
S氏及びその会の人達が、大会に出場して好成績をおさめる中でしだいに、その刀にも皆の目が向き、
S氏の考案した身幅が広く、巻き藁斬りに特化した刀を、他の会の人たちも真似し始めたらしい。



3~4年前に私が氏の斬る技を見て、その刀の振り方を真似てきたつもりだったが、
今回改めてお会いして少し指導も受けたことで、自分が勝手に間違えて取り入れたつもりになっていた部分が、
あれこれ分かった。

今回、お会いできたのは、とても貴重な体験だったと、何度振り返っても確信させられる。



斬りに特化した、身幅の広い刀は、悪く言われる事も有るようだ。
伝統的な刀の姿とは大なり小なり違ってしまうからだ。

しかし、巻き藁をとりあえず袈裟に斬れれば良いとか、刃筋だけ確認できれば良いとか、
逆袈裟の斬りまではできなくて良いとか、いや、水平も斬りたい、いや、もっと高度な技斬りも成功させたい等々、
要するに何をしたいかで、話は違ってくるのだ。

結局、現在、刀を使って斬る技術を競うルールに基づいて、その中で上位の位置に行こうと思ったり、
大会云々は抜きにしても、高度な技を身に付けたいと考えたら、可能な範囲で進化した道具を使う方が有利なのだ。

巻いた畳表を斬るならこういう刀、竹を斬るならこういう刀、人と対じして戦うならこんな刀、と向いている武器で戦うのが戦略というものだ。

少し違う話だが、型居合では大抵の人は軽くて振った時の風切り音が良い物を選ぶ傾向が有るが、あれも同じ事だと思う。
自分は型の試合でも稽古でも、斬りで使う刀と同じ刀で行う事を自分のポリシーにしていたが、
あくまで伝統的な刀で試し斬りをする事にこだわるのも、それはそれで良いのかも知れない。
ただし、自分の力量で、どういう刀を使えばどういう斬りができ、どういう刀ではできないという事が分かるという意味でも、
斬りに特化した刀を自分なりに研究(と言ったら大袈裟だが)していくのは、とても重要なことだと思う。
また、どういうふうに振れば斬れる、または斬れない、どういう動きでないと斬れる、斬れない、そういうことも見えてくるはずなのだ。



たまたま先日、ビリヤードのプロの言っていた、今の世の中、上手になっていくには、
道具の研究というも極めて重要なファクターだ、ということが刀の世界にも当てはまるように思う。



今回、Sさんに言われ、自分としては嫌いだった刀の柄にテニス用のゴムのテープを巻くことも、
実際にやってみると、とても刀が手に吸い付くようで、重い刀もより軽く触れるようになることにも気づかされた。

おそらく、昔の人も、そういう物を持っていれば、綿や革では無く、ゴムのテープを巻いて戦場に向かったではと思う。
結局、戦もより先に近代化するなり、優れた武器を手に入れた側が勝ってきたのだから。




151011軽井沢稽古2
プロフィール

BIG ROCK!!

Author:BIG ROCK!!
ハーモニカを吹きます。スタンダードなアメリカン・ブルーズからオリジナルの日本語ブルースまで、軽快なハーモニカに乗せて歌っています。月に数本、ライブバーを中心に活動中。
http://bigrock0018.jimdo.com/
趣味ですが居合は有段。巻き藁斬りなどもやっています。能や茶道にも関心有るので、時に和服も着たりします。(笑)

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