大岩姓と殿様星

富山市内ではない大岩姓の方からですが、お返事をいただいていたものの、直接的に近い親族というわけではなかったので、
ブログに載せずにいたまま、いつしか日月が過ぎてしまっていました。

当初、自分は、自分の血筋としてのルーツを探したつもりでしたが、結局は全国にパラパラと存在する別々の大岩姓について書いたような事になっています。

なので、富山県内の別の大岩姓についても、支障なさそうな範囲で、いただいたお返事の内容を載せさせていただこうと思いました。


お返事をいただいた方の中で、お二人が同じ地域で、同じ浄土真宗のS寺の檀家となっていました。
(私の先祖のお寺とは別です。また、私の家の戸籍とは繋がりはないので、全く別の大岩姓なのかも知れません。
しかし、もっと以前には血筋に繋がりが有ったのかも知れません。残念ながら、そこまでは知る余地が現在は無いのです)


お返事をいただいた大岩家の内、一方の方は明治以前、つまり幕末の頃にまで遡って、ご先祖の事が分かるようです。
もう一方の方も明治辺りまでは分かるようでした。

双方の方が書かれていたのは、炭焼きという言葉でした。
代々、大きな山林を所有して、林業や畑、炭焼きなどをしていたとの事です。
ただ、いつごろからそのご職業なのかは、はっきりとは読み取れはしませんでしたが、大きく判断して、
要するに農業を営んでいたのだと、私は受け止めております。

家紋は一方の方は、桐、そしてもう一方の方は蔦との事でした。
(我が大岩家は横木瓜です)


一方の大岩家には、町の町史に残る俳人がいらっしゃったようです。
家のそばを流れる縦横20メートルを超える巨岩になぞらえ大岩と名乗ったとの事です。
さらにその大岩家には代々伝わる伝説(昔話)が有り、町史に「殿様星」という話で掲載されているとの事です。

今、インターネットで検索すると、「殿様星」がどのような話なのか出てこなかったのですが、
確か以前、図書館などで調べたらところ、
(記憶が少し曖昧になっているのですが)
一夜の宿を求めてやってきた旅人に、その日の夜空の星の輝き具合から、
「お殿様に何か有ったのだろうか、何も無ければ良いが」というような話したところ、
後日その話が当のお殿様に伝わり、褒美をいただいた、というような内容だったと思います。
その褒美をいただいたというのが大岩家だったという事が当家に伝わっているとお返事に書かれていました。

落ち着いて考えてみますと、そのような伝説が残っているというのは、それなりに裕福な生活をしていたか、広大な土地なども所有していたからこそなのでは、とも思えます。




以上のような回答をいただいていたのですが、
ふと気づいてみると、昔、もう25年以上前の事ですが、オートバイに乗って一人旅をした折に、
上記のお返事をいただいたお二方の住まわれている地域にも立ち寄った事が有ったのです。

その時は、そう言えば祖父は出身が富山県だと聞いた事があったなあ、とその辺に着いた時に思い出したくらいの意識です。
しかし、その時の風景や泊まった宿での人との会話などは、とても感慨深い記憶となっています。
旅の目的地では無かったのですが、通過点でその辺りに立ち寄り宿泊していたのは、ちょっとした縁を感じなくもありません。

また、何年か前に富山県内の博物館が目的で、出かけた事が有りました。
ちょっと冗談から始まり行く事になった強硬な旅行でした。(夜行バスの中で寝るだけの2泊3日の旅行でした)
その時に時間潰しで歩き回った辺りが、後で分かったのですが、私の祖父が昔住んでいた辺りだったようなのです。
戦災で焼けたので、完全に区画整理されて今は何の面影も残らないような所でしたが。


大袈裟かもしれませんが、何やら不思議な呼び寄せに感じなくもありません。


以上、あまりに雑文ですが、一旦これで失礼いたします。


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大岩 相撲取り

既に行き詰ったまま、長くかかってしまい、実際何もできない状態の大岩姓の調査です。

先に書いたブログの記事も、リンクなどは既に無効になっているものが多くなり、その内、精査しなければいけません。


ただ、少しでも記録として、記事に載せておこうと思った事が有りました。


大岩榮次郎 : 
過去帳の記載では、亡くなったのは明治23年12月11日となっていました。
過去帳では続柄は記載されないので、厳密に言えばはっきりしませんが、
祖父の親の作次郎は明治44年2月2日没となっているので、おそらく榮次郎は、私の高祖父
つまり私の祖父の親のさらに親、と思われます。

栄次郎はお寺様に残してある過去帳に、伊勢に相撲の巡業に行った先で亡くなった、と記載されているようです。
また、祖父は先祖に相撲取りがいた、と生前言っていたので、その点では話は一致します。

要するに、幕末の頃から明治にかけて生きていた、我が家の先祖は相撲取りだったという事です。

百姓の家柄から出て、相撲取りで生計を立てようとしたのでしょうか。


どんな相撲取りだったのか、思いは馳せますが、それらまでは全く知る余地は有りません。



尚、大岩榮次郎で調べると、同じ名前の俳優が昔いたようなのですが、年代的に合わないので、
それは残念ながら全くの別人と思われます。



大岩姓、手紙調査の結果

以前、書きましたように、昨年末から富山県内に住まわれている大岩姓の方々に、手紙による聞き取り調査をさせていただきました。

ご迷惑かと思いましたし、面識もない方に手紙を書くことには大変躊躇もしましたが、意を決しまして、できるだけ丁寧に書いてお送らせていただきました。

33軒の方に送らせていただきまして、返事をいただけたのが4通。
返信率としては1割強。少ないようにも感じますが、回答率としてはこれが一般的な数値だと思います。

ただ、私の家に繋がる、情報としては1通でした。これを小さいと見るか、大きいと見るか。
しかし、何も分からないよりかは、大きな一歩を踏み出せたと思います。
ただし、次なる疑問に突き当たったのは事実です。

お返事をいただけた大岩姓の方とは戸籍上での繋がりまでは不明で、
おそらく、江戸時代後期では兄弟の繋がりだったようでした。
その大岩家で檀家となっているお寺の過去帳には、我が家の仏壇に残っていた先祖の何名かの姓名や法名(戒名)、一致した没年月日が記載されているとのことでした。
それで、実際にそのお寺に問い合わせしたのですが、明らかに我が大岩家の先祖はそのお寺に檀家として所属していたようです。

ただ、我が大岩家の先祖の墓は、昔よりそのお寺には無いとのことでした。
例え無縁仏になっていたとしても、そのお寺に葬られているとしたら、私としては一度だけでもそこに赴き、手を合わせたい気持ちだったのですが。
こういったことは土地に余裕有る地方では多いようですが、大岩家に関しては、墓は各家々の庭先などに持っているとのことでした。我が大岩家に通じる墓が残っているとすれば、本家の大岩家の敷地内、もしくは隣地とのことです。
ただし、今のご住職様は、そこに現在も我が大岩家に直接通じる先祖の墓が残っているのか、もしくは残っている墓石に我が大岩家の先祖の名前が書かれているか等については、はっきりとは知らないとのことでした。
実際問題として、長く付き合いをしていない分家の家系の墓石は、処分してしまうことは充分に考えられます。
ご住職様としても、我が大岩家に関しましてはとっくに檀家ではなく、率直に言えばお布施も何もしていないのに、ご足労をおかけした上、あれこれ教えていただけるのは充分過ぎる話だったと思います。連絡をいただけた大岩家の方と、お寺のご住職様には大変ありがたく思います。

ところで、いよいよ本家筋で、しかも我が大岩家に近いと思われる大岩家が分かってきたのですが、実は私、今回の手紙調査ではその住所の大岩家にも手紙を送っていたのです。ですが、返事はいただけてませんでした。
ご住職様は、はっきりとは言われてませんでしたが、その大岩家では昔を知っているような方はお体も良くないようなことを言われていました。

入院か療養中なのだと思います。おそらく、そういうことなのだろうと思いますが、私は再度、内容を丁重に改めて手紙を送らせていただきましたが、やはり今現在、お返事はいただくことはできていません。

とても残念ですが、手紙を読んでいただけた方は、今はそのような話には関心も無いことなども考えられます。それに、場合によっては人には知られたくない事実が有る、と言うようなことも考えられなくもありません。
やはりこの方法での調査はここまででしょうか。

今回、お返事をいただけた大岩家の方から分かったことは、大岩家は江戸時代後期の時点では肝煎り役(つまり庄屋や名主です)の家柄だったそうです。お寺のお迎えなどでも、馬を出したりしていたそうです。
しかし、その後、残念ながら財産を大きく失っていってしまったとのこと。
また、それより以前の家系図などは残っていないようで、やはり明治時代になって戸籍制度になってからの情報しか分からないようです。明治時代に入ってからの、初代の方の名前や兄弟の名前が分かっているとのこと。
親切に戸籍の書類のコピーなども私に送ってくれました。とても感謝いたします。


これからの調査に行き詰った感も有りますが、ライフワーク的なつもりで取り組みたいと思います。ただし、これ以上同じ家に手紙などを送るのは、控えようかと思います。




練馬区南蔵院に縁の有る大岩姓

実は昨年末、たまたま行くことになった(しかも初めて訪れた)、自宅近くの図書館で、
これまた偶然見つけた郷土史の綴り(A4ファイル)を、何の気なしにめくっていたところ、
大岩姓の考察の投稿文章を見つけたのです。

この町は引っ越してきて2年と少しです。

全くの偶然とは言え、不思議な縁を感じなくもありません。


まるで区内報のような作りの物なのですが、
束ねられて上へ上へと重ねてそのファイルに綴じられていました。


話を先に進めますが、
実は私の住む町の近所に、南蔵院と言う由緒有る(と言われる)お寺が在ります。
正式名称は瑠璃光山医王寺南蔵院と言うようです。

括弧書きは失礼ですが、それなりに大きなお寺ではあるものの、
観光ガイドブックに載るのうな多くの人が尋ねてくるようなお寺とは違い、
こじんまりとしてることは否めません。

ところで、私が書くことは、
全て私以外の研究家が調べたことであることは先に書いておきます。
私は研究家ではありませんので。
できるだけ、文献については書かれた人の名前などを挙げさせていただきたいと思います。


さて、図書館で見つけました「練馬郷土史研究会会報」では、
日向康三郎さんという方が書かれていました。

その内容ですが、練馬区の南蔵院に大岩衆正なる人物の墓石が在るそうです。
上野の彰義隊に加わり戦い、最期、南蔵院で自害された人だそうです。

私はその内、見に行ってみたいと思います。
まだ見に行っていません。
今のところ、この大岩家は我が大岩家とは全く違う流れと思っています。
同じ流れと見れる根拠が有りません。
もっと昔ではどうなるのかは不明ですが、少なくとも我が大岩家は、
江戸末期には既に今の富山県に住んでいたようです。
それより以前にどこにいたか、もしくは、古くから富山県に住んでいたのか等、今のところ全く不明です。

日向氏の考察では、南蔵院の大岩氏は尾張(現在の愛知県西部)の出自となっています。

練馬区内にこの墓石の子孫が住んでいて、その方に連絡を取った上で、確認したそうです。
それらから系譜も大まかにですが、かなり分かったようです。
おそらくは、幕臣株を買って下級武士になり徳川家に仕えたと推測して載せていらっしゃいます。

氏の、様々な視点から集めた情報をすり合わせて事実としての可能性を考察する方法は、
とても参考になりました。




以下はインターネット上でいろいろな方が、そこここに書かれていることですが、
徳川家斉に側室を出した家が大岩盛英とされています。
以前、そのことについて、私も書きました。
http://bigrock0018.blog91.fc2.com/blog-entry-65.html

日向氏の書かれた投稿文では、そのことは触れていませんでしたが、
南蔵院の大岩氏の系譜を氏が載せる中に、大岩盛英の名前が書かれていました。

上記の歴史はここで繋がるようです。


また、これはインターネット上どのようなサイトで発見したか、
または図書館にあった本で見たのかは覚えていないのですが、
愛知県知多郡南知多内海を出自とする大岩氏の一部では、
その地域の船による貿易を取り仕切り、財を成して名字帯刀まで許された大岩姓も在った、
と書かれていたのを読んだ記憶が有ります。

日向氏がそのことに気づかれていたかは定かではありませんが、
やはり、現在分かっている、南蔵院の墓石の流れの大岩家も下級役人ではあったようですので、
上記の歴史的事実も、各所で繋がるように、私は思います。



今回、改めて図書館に行き、「練馬郷土史研究会会報」を読み直してみましたが、
(明治時代以降に東京に移り住んだ一族は、大岩姓に限らず多いと推測できるものの)
江戸時代以前から移り住んだ大岩姓は、かなりの確立で愛知県からの出自なのでは、
という気がしてきました。
勿論、これは想像ですし、言い切るには検証はまだ不足なのですが、少なくとも現段階では
明治時代に入る前より江戸住まいだった大岩姓は愛知県出自の大岩姓以外には見受けられないようです。
(私の大岩家は、明治以降に東京に出てきました。)



さて、長く書きましたが、我が大岩家につきましては、
やはり地道で長い年月に渡って、徐々に解明していくしかなさそうです。



謹賀新年、手紙調査の経過

謹賀新年。明けましておめでとうございます。

昨年末に始めました手紙調査につきましては、何通か回答をいただいております。
http://bigrock0018.blog91.fc2.com/blog-entry-94.html
返信をいただきました方には深く御礼を申し上げます。

実は、その内1通から、私の家に有った過去帳に記されている名前と、
没年月日までが合致する、ある大岩家の情報をいただきました。
おそらくは何らかの形でその大岩家とは縁戚関係は有ったと推測されます。
これはとても大きな収穫でした。

まだそれらにつきまして、結果を発表できるまでのことはつかんでおりませんが、
いずれ何かの形でここに載せたいと思います。

ただし、今の時点で得ている情報では、極めて個人的な親戚筋での繋がりまでの話なので、
何か発表するのは控えたいと思います。

いずれにせよ、今後の経過に期待したいと思います。


返信をいただきました大岩家の方には、
はがき、Eメールアドレスを教えていただいた方にはEメール、また、
遠縁と思われた方には電話及び、資料の擦り合わせとして再度こちらの詳しい情報などを、
送らせていただきました。

重ね重ね御礼申し上げます。



プロフィール

BIG ROCK!!

Author:BIG ROCK!!
ハーモニカを吹きます。スタンダードなアメリカン・ブルーズからオリジナルの日本語ブルースまで、軽快なハーモニカに乗せて歌っています。月に数本、ライブバーを中心に活動中。
http://bigrock0018.jimdo.com/
趣味ですが居合は有段。巻き藁斬りなどもやっています。能や茶道にも関心有るので、時に和服も着たりします。(笑)

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