先生の思い出3

先生の思い出ってのは、ろくな事が無い。
少なくとも小学、中学ではそうだった。
高校になると、これが不思議な事に先生達は皆おだやかで、生徒も平和な感じだった。
自由ってこれなんだ、とまで思ったのを覚えている。

昔、納得がいかなかった先生の思い出を、もう一つ。
やはり中学の時だ。

ある時、新任で赴任してきた男の先生がいた。

しかし、その先生は、新任だった為、最初生徒の皆にバカにされたのだ。
そうやって、不慣れで優しい人を皆でコケにするというのも酷い話だが、とにかく当初は生徒達が皆、
その先生をコケにするような風潮だったのだ。

ところが、ある日を境に、一気に状況が変わった。
その先生も、バカにされているのには、内心相当頭に来てたのだ。
そして、一気に切れた。
ぶっちぎれたのだ。


既にその先生は今までの人とは打って変わっていた。
一切、笑顔は見せなくなっていた。
表情はいつでも怒り狂って教壇に立つようになった。

少しでも話を聞いていないような生徒がいれば、「うるせー」と叫んでは、生徒を威嚇するようになっていた。
生徒の机を足で蹴りながら威嚇する事もあった。
ある時は一度、バケツの水を持って来て、女子生徒の机の上に、その水を垂らして脅す事もあった。
その光景は今でもはっきりと目に焼き付いている。
その先生は、チョークを平気で生徒の顔にめがけて投げつけるようになっていた。

はっきり言って、滅茶苦茶になっていたのだ。



その日も、その先生はいつものキチガイ状態にあった。
そして、原因は何だか覚えていないが、やはりキチガイ状態で怒りだしたのだ。
しかし、生徒もそうそうはすんなりと先生に従うほど従順で扱いやすいものでもないのだ。
確かにそれも問題なのだが、とにかく、先生はキチガイになっていた。

キチガイ状態で怒り出したその先生は、誰だかに「ウルセー!!」と叫んだのだ。
クラスは皆、一瞬静かになった。
しかし、一瞬の間を置いて、不良ぽっくやってた生徒の一人が、「フっ、フフフ・・・」と笑い声を上げたのだ。
先生は再び、「ウルセエンダヨ!!!」と怒鳴り散らした。
今度の声は相当デカかった。
かなりドでかい声で、それはまさに全校舎中に響くような声だった。
全学校の者達が、一瞬シーンとなったはずだ。
しかし、その生徒はそれでも、完全には止めずに、先ほどよりかは小さな声だったが、再び失笑を漏らしたのだ。

私は、あまりにあきれて、その不良生徒の方に顔を向けた。
すると、その途端その先生は、私の頭に向けてチョークを投げつけてきたのだ。
「後ろを見るんじゃネぇよ!!」

頭はそれ相当に痛かった。
私は不良生徒でも何でもなかったが、怒りに達し、「痛えな、この野郎!!」とやり返したのを覚えている。
そのままクラスは沈黙となった。暫くしてチャイムが鳴り、授業は終わった。


問題は、その後の下校前のホームルームだ。

担任の先生は、クラスに来るなり、「今日は凄い大きな○○先生の怒鳴り声が聞こえた。原因は何だ?」と
問い始めた。

その先生の怒鳴った原因は、明らかに不良生徒の授業を聴かない笑い声と態度だったのだ。

しかし、その先生は、私が先ほどの事でいつもと違う表情でいる事を直ぐに気づき、
「大岩か。お前、あの先生に謝りに行け」と言ってきたのだ。

自分は先生に大声を出させた本人でもなければ、原因でもない。
ましてや、ちょっと頭を動かしただけで、チョークを投げられるのは納得がいかなかった。

「大声を上げさせて怒られたのは自分ではない」と言ったが、私の信頼していたその先生は全く聞く耳を持たなかった。
私の友人も、それを言ってくれたが全く聞いてくれなかった。

先生という人達も大抵の場合、言いやすい普通の生徒に何かをやらせる事が多かったのを覚えている。
いわゆる不良と言われるような生徒には、謝ってこい、髪を切れ、そういう事も言いにくいのだ。
チョークを投げつける相手もそうだ。結局、本当にうるさかった問題の生徒にはしなかったのだ。

私は、信頼していた担任の先生に裏切られた気がした。

逆説的に言えば、先生なんていう人達も、しょせんそんな人達でしかなく、信頼なんてしても意味が無い、
いや、むしろ、信頼なんてするべきものでもないのだ、と気づかせてもらった気がする。


因みに、そのキチガイ先生は、質問しに行くとかなり一生懸命、嬉しそうに、良く教えてくれたのを覚えている。





写真は全く関係無しの近況。

201508Gegg
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先生の思い出2

今日はどうもテレビでは毎年だか、年数回だか行われる募金番組がずっと流れて、他局は陸上競技の中継のようだ。

歌やハーモニカを練習していたが、ちょっと飽きてきた。

そうだ。忘れない内に、昨日書いたブログの続きでも書くか。

と、言っても、実は全く別な話。時折思い出す、別な教員の思い出だ。


あれは本当に最低な人間だったと思う。
あんな人間が教職についていたなんて、許されるんだろうか。



中学3年生の時だ。
その日、放課後、自分は男子数名で教室の前でしゃべっていた。

すると、急に赤い顔をした体育の教員が階段を上がって来たのだ。
しかも、その教員は相当な怒りの表情をしていて、何故か私の所に真っ先に詰め寄って来るではないか。
そして、事も有ろうことか、私の胸ぐらをいきなりつかみ、「今逃げたのは思えだろ!」
「ぶん殴るぞ!!」と拳を振り上げてきたのだ。

私は訳も分からず、とにかく言葉が出なかった。
いや、必死で、「自分では無い」、「何も知らない」という事を訴えたのは覚えている。

しかし、その体育の教員は「じゃ、逃げたのは誰なんだ!?」、
「言ってみろよ、この野郎!!」、「ぶん殴るぞ!」
そう叫んで、私の胸ぐらをいっそう締め上げ、今にも拳で顔面を殴る動作をしてきた。

私はもう無我夢中で、確かにさっき走って行ったクラスの数名がいたので、あいつかと思うような友人の名前を挙げ、
彼らかも知れない、分からない、と必死で答えたのだ。

すると、その教員はようやく、「奴らか」と言いながら別な方面に足早に消え去って行った。

自分は、もう何が何だかさっぱり分からなかった。
その場にいた友人たち数名も言葉が無くなっていた。

その後、どうやって解散して帰宅したかは覚えていない。
その場にいた友人達数名は、もしかするとこの記憶自体無くしているかもしれない。いや、覚えている者もいるか。
しかし、自分は決して忘れはしない。

今でも何だか訳が分からない。
しかし、彼は何の根拠も無く、生徒一人を締め上げ、下手すると完全に鼻をへし折るほどの勢いで、
殴る寸前までの行為をしてきたのだ。


あの時の事を思い出すと、今でも理不尽さで心が震える。

あんな人間が教壇に立っていたのだ。

あんな教員は今は決して教壇に無い事を切に願う。







追記:
出身も違い、年齢も数年だが違う知人に、この話をしたところ、
その知人の兄弟は状況の詳細は違うが、やはり全く納得がいかない事で教員に殴られたそうだが、
後日、きっちりとその教員を家に呼び出し、彼の家でその教員に土下座をさせ謝罪させたそうだ。
土下座というのも驚かされるが、彼には理不尽なやり方をされた事を相談できる家族がいたようだ。
その家族の元、謝罪までさせることができたのだ。
その意味では自分の場合、学校での出来事を相談したり、普通に話ができる家族というものが無かったのだ。
家がしっかりしているという事は、何かという局面でも力を発揮するのかもしれないと思う。
頼れる味方がいるといのは大事なのだ。







先生の思い出

こんな私のブログに書いてもどれだけの人が読んでくれるのか分からないが、
それで、少しは読んでくれる人もいて、ちょっとは考えてくれる人もいるかもしれないので、
(いや、考えてくれるまではなくても良いが)
ふと思い出した事でも書いてみようと思った。


それは、自分が中学生の頃の事だ。
確か中学1年生だったと思う。


よく科学(理科)の授業では先生に当てられ、答えを言わされたりしていた事を思い出した。

大抵の場合、いやそれまでは、クラスで皆がなかなか答えを当てられないところで、私が当てられ、
そして私が正解を答えていたのだ。



あの日、先生が皆に言い出した問題は、「髪の毛の役割は何だ?」というものだった。


私はたまたま数日前に、それに関する事を書いてある本を偶然にも読んでいた。

なので、直ぐ、自分は知っているという顔をしたに違いない。

それを見て、先生はこちらをみて即座に私に「何だ?」と当ててきたのだ。


私は即座に答えた。

「身体の中の水銀などの不純物を排出する事です」

今、インターネットで検索しても直ぐに見つかるが、実際、髪の毛というのは、
身体を保温したり、衝撃から保護したりする事以外に、
体の中に蓄積しては害になる金属のを体外に排出する役目を持っているのだ。

しかし、その先生やクラスの誰もがそれを知らなかったのだ。

たちまち先生の表情は、何をバカな事を言ってるんだ、という顔に変わった。

「はぁ? 髪の毛の役割はそんな事か?」と怒り表情まで見せたのだ。

クラスの何人かからは、「それは毛穴だろう」と言う声も聞こえてきた。


それまでの話であれば、要するに、
自分は知っていたが、クラスの皆、そして先生さえもろくに勉強していないのだ、という話になるのだが、
この話はそれでは終わらなかったのだ。

その日のその出来事を境に、その先生は事もあろうことか、
授業中、私の存在を一切無視するようになったのだ。

どんな問題を出しても、机の順番で生徒一人一人に当てようとも、
私の順番だけは飛ばして、次の生徒に当てていくのだ。

そうしたいじめのような無視は、以降、ずっと続いたのを覚えている。


確か私のように無視された生徒は、もう一人いたのも覚えている。
その生徒は女子だった。
私と同様、おかしい(と思われる)回答をした生徒だった。


あの時の先生の名前は覚えていないが、今でも思い出す、あれは先生でも何でもない最低な人間だ。
少なくとも教育の場で人に教える側の人間にはふさわしいとは思えない。

こんな人間が、少なくともあの頃はごちゃまんと教育の場にいて、ぬくぬくと教壇に立っていた。

今はどうなんだろうか?

教員の資格を与えるには、人間的資質というものを吟味するなり、教育してから資格を与えるようにして欲しいと思う。



こういう酷い教員は他にもいたので、思い出したら、また書いてみるかもしれない。



写真は楽しみながら東京の水道についての知識を学べる、「水の科学館」での自撮り。




150820水の科学館

浴衣考

先日、テレビの討論番組を見てみると、出演している論客の一人が浴衣を着ていた。
今や浴衣はイベント着のようなものだし、昼間から出かける時も普通に着られるようになってきている。
実際、浴衣で来ると特典が有るような街のイベントなんかでは日中から着ていかなければ話にならないし、
自分も浴衣で電車に乗った事もある。


しかし、既に自分は少し古いタイプの人間になってしまったのか、浴衣といういでたちには、
やはりカジュアルなものに感じてしまい、
政治討論の番組でその恰好というのには、だいぶ違和感を感じてしまった。

しかも、その論客が来ていた浴衣はどう見ても着物的に着れるような部類のものではなかったのだ。



因みに昨日はたまたま新宿の某老舗デパートに寄ったのだが、最近は浴衣が良く売れるらしく、
多くの店員が浴衣を着て販売に力を入れてる様子だったが、
気が付くと、店員さんたちは浴衣を着ていても、皆、襦袢を着て足袋も履き、
砕けた着こなしとは一線を引くような工夫をした着こなしをしていた。





写真は本文とは全く関係なく、先日の演奏時のもの。
ダイジェストの動画はこれ。
https://www.youtube.com/watch?v=y6Uln328YdI&index=3&list=FLeMbInfPfvBtwmNqHKG5Jaw



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プロフィール

BIG ROCK!!

Author:BIG ROCK!!
ハーモニカを吹きます。スタンダードなアメリカン・ブルーズからオリジナルの日本語ブルースまで、軽快なハーモニカに乗せて歌っています。月に数本、ライブバーを中心に活動中。
http://bigrock0018.jimdo.com/
趣味ですが居合は有段。巻き藁斬りなどもやっています。能や茶道にも関心有るので、時に和服も着たりします。(笑)

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